作陶家の立場の違いについて

現在では一般的に作陶家の全てを一口に陶芸家と呼んでいますが、作陶家には それぞれ固有の価値観が有り、その美意識にも大きな個人差が有ります。

四百年前の桃山陶の厳しい原点に立ち向かう作陶家、未来志向の新しい感覚の 美を求めようとする作陶家、その両方を平行して行う作陶家、それぞれ自己が 心に秘めた高い理想の美を求め追求し作陶に励んで居ます。

 

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美濃焼園
 

伝統工芸(陶工)と陶芸家(芸術家)の違い

美濃焼園では、桃山陶の美意識に基づき、道具としての原点を再現しようとし て居る作陶家は焼物師(陶工)と位置付け、また、個人固有の美意識に基づき あらゆる制約を排し、芸術としてのオリジナルを追求する作陶家を陶芸家と解 釈させて頂いて居ます。

 

 

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焼物師と陶芸家の指向性の違い

焼物師(陶工) 桃山陶を目指す焼物師達は、作陶姿勢は異にしても、皆、目標は桃山の美と言 う同一の指向性が有ります。
陶芸家(芸術家) 自己に秘める美意識を、焼物で表現しようとする芸術家で、現実的な道具とし ての機能よりむしろ高い芸術性を求め、過去に築かれたものより自己の個性・ 独創性を最も重視したオリジナリティーな世界の焼物作家です。
美濃焼園では、陶芸品とは作家の人成りである美意識を、作品を介して現した 物で、作者の分身とでも言える物と考えて居ます。
過去の桃山に近づけば、逆にオリジナルが削がれる為、むしろ意識的に桃山を 排除し、過去の焼物とは全く異なる新たなる美を求める事にこそ、芸術として の高い価値が有るとしたもので、新たなる美への飽くなき挑戦者です。
芸術を目指す陶芸家は、それぞれの独創性を追及するので、一定方向への指向 性は無く無限です。
従って、陶芸家が言われる、志野、織部、黄瀬戸などは、桃山の焼物とは立場 を全く異にしたニューアートで、桃山文化を継承した物では有りません。

 

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伝統工芸と現代陶芸の違い

美濃焼園では、焼物師(陶工)の立場を採っていて、過去の伝統に身を置いた 作陶家の作品を伝統工芸品と解釈し、過去の物事には一切関わらず、むしろ意 識的に排除し、作陶家自身の美意識(オリジナル)の中で造られた焼物を陶芸 品と解釈致しております。

 

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美濃工芸館の主旨




既に高名な陶芸家皆様方のご活躍の舞台は公設施設や有名店など数多く有り、 一般の皆様方には既にご高承の通りですが、焼物師(陶工)の発表の場は余り にも数少なく美濃焼園が微力ながら美濃工芸館として設けさせて頂きました。 皆様方のご高覧を心中よりお待ち致して居ります。

 

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伝統工芸品(桃山文化における)

志野・織部・黄瀬戸・瀬戸黒・美濃伊賀・美濃唐津などは、桃山文化の中で最 高度な美意識に基づいて焼かれた茶道具・懐石道具で有り、用を些かも損なう 事無く、他の道具類との協調性、即ち茶室やそれを取り巻く庭園は言うに及ば ず他の道具類との調和、協調など全てのものとの融和を重んじた焼物です。

当時の焼物師達が手触り熱伝導など迄をも考えた素材を選ぶ確かな目、再現不 可能と思える程の轆轤さばき、箆さばき。 達者な筆使い、洒落た意匠、薄掛けながら綿密に組み立てられた釉薬、炎を巧 に操った焼成など、高い意識の基で知性感性全てが合いまった技の集合体と成 っています。

当時の茶人は道具を全て「ナリ」と「コロ」とで言い表し、ナリは姿形、コロ は大きさ重さバランスなどを言ったものと思われますので、身体は道具の物差しで有り「物差しを離れては道具では無い。」と言う事と考えます。
また、良い道具とは基本的な機能は言うに及ばず他と の調和、それを使う者に感動を与えるだけの器量が無くては成らないものと 思います。

桃山の美濃物は、当時の焼物師達が利休や織部たち時の茶人のニーズに応え、 高い感性と高度な技術力を駆使し、道具として造った物なのですが、余りにも 見事なため、作者の意図とは関係なくそれを見る側・使う側が勝手に美術性、 芸術性を感じて居るだけであって、焼物師自身は最初から美術品、芸術品を目 指した物では無いと思います。

美濃焼園では、その心(真髄)を受け継ぐ焼物が今日に於ける真の伝統工芸品 と考えて居ます。

 

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桃山古陶写しの是非について



この奥深い心を持つ桃山陶の本歌を徹底的に追求しコピーする事に依って、作 陶家に実力が自然に備わって行くものと考えて居ます。

美濃の桃山陶は限りなく深く、少々の造形美、絵心、器用さが有るからと言っ て容易に造れる物では有りません。

桃山陶の開花はそれ以前からの陶業の蓄積が有って成された事は言うまでも有 りませんが、桃山から江戸初期に掛けての焼物師達は、有るとあらゆる試みを しています、したがって土物に関しては現在では何を行っても、二番煎じと成る事は必至 な事なのです。

美濃桃山陶は全て天然物を使って焼き上げた物で、その素材が今よりずっと豊 富に有り、手短に入手出来た時の焼物をコピーする事は、使い方・造り方・焼 き方に依って千変万化する、胎土・釉薬・焼成などを習得する唯一最良の方法 と考えますし、轆轤・造り・文様など全ての意匠に付いても同様です。

また、全てを写す事により、必然的に道具性をも兼ね備えて来るのです。 写しは県窯の窯変天目と同様に焼物師の生涯を掛けての挑戦と成るのです。

 

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美濃焼園の工芸館では

焼物を趣味とする人は、伝統工芸品の好きな人、陶芸品が好きな人、また双方 を使い分けている人さまざまですが、美濃焼園の工芸館では桃山の美を現在に 伝える焼物師の立場で造られた伝統的な作品だけを、可能の限り収集し展示販 売致して居り、業界唯一の店舗と成っています。 全ての作品が桃山文化を求めて造られて居ますので、20名程の焼物師が焼物 で桃山の大河ドラマを演じて居ると言った感じに成って居ます。

 

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美濃桃山の六種の焼物について

 

志 野
織 部
黄瀬戸
瀬戸黒
美濃伊賀
美濃唐津

 

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